3.-本部朝勇-

 

3.-本部朝勇-

朝勇は幼いころから「本部御殿手」の跡継ぎとして、その父・朝真から空手を習っていたが、他にも首里手の大家である糸洲安恒や松村宗棍にも師事したという。廃藩置県後には優れた若手の空手家として名を馳せ、泊手の松茂良興作と手合わせをしたこともあるという。弟である朝基も当初は朝勇にはかなわず、その為に「掛け試し」を行ったとされる。

1923年ごろ、朝勇は「沖縄唐手研究倶楽部」を設立して会長となる。中心的なスタッフには摩文仁賢和や宮城長順などである。また1924年には「唐手大演武大会」に出演したりもしている。朝勇は蹴り技に優れていたとされる。彼の蹴り技は「本部の足(ひざ)」や「本部御殿の蹴り(きりち)」と讃えられた。 彼の弟子には本部御殿手第12代・上原清吉や息子の本部朝茂などがいる。

 

参考資料
− 「沖縄空手古武道辞典」(柏書房)
− 「「空手道・古武道基本調査報告書」(沖縄県教育委員会文化課)
− 「「沖縄伝統古武道」(文武館)
− 「「本部朝基と琉球カラテ」(岩井 虎伯 著)
− 「「沖縄朝日新聞」大正14年(1952)6月27日
− 「「琉球新報」昭和11年(1936)11月9.10.11日
− 「雑誌「キング」大正14年(1952)9月号
参考サイト
− ウィキペディア
− http://ja.wikipedia.org/wiki/本部朝勇
本部流HP
− http://motobu-ryu.org/default.aspx