空手の歴史2 -沖縄の伝統古武道


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沖縄の空手と古武道はその発生はどちらが早いにせよ、大差があろうはずもなく二つで一つであり、同根より生ずるととらえた方がむしろ現段階では無難であり、より真実に近いと思われる。古くから沖縄空手を学ぶものは、武器を使用する古武道を同時に学ぶことが当然とされてきた。

「武器は空手による手足の延長であって、空手と異質のものではなく、長短の武器の使用法や技術を学んでこそ、『手』の全てを理解できるものとされてきた」(『沖縄伝統古武道』仲本政博著)

もともと一つであるはずの沖縄空手と沖縄古武道が二つに分かれて認識されるようになったのは、やはり、もっぱら素手だけの空手と何かしらの武器を用いる古武道との違いは、武器を使用するかしないかでいつの間にか分類されたと考えられている。沖縄の空手家としてかの有名な本部サールこと本部朝基も、いざ闘いとなれば、自分の周りにある道具を全て利用し、優位に立つように闘いは進めなくてはならないと語っていたという。

 

素手のみを武器とする空手

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現在、沖縄古武道よりも沖縄空手のほうが圧倒的に多くの愛好者を得ているのは、古武道に比べ、空手の方は武器を準備しなくても手軽に学べるという点がその理由の一つと言われている。

長年修錬を積んだ沖縄空手の高段者をみると、彼らのなかに古武道を修行していない人はほとんど皆無であるということも事実である。

人間がまだ多くの動物の中のその一種として生きていた時、多くの強い動物から身を守るために、まずは身の回りにある棒きれ・石・他の動物の牙や角・その他を使用し、素手では抗いようのない敵に対峙したことは想像に難くない。

このような視点からすると、素手のみを武器とする空手よりも、武器を使用する古武道の方が先に成立したのではと考えられなくもない。

しかし、沖縄空手側の反論としては「人類が道具を武器として使うのはかなり賢くなってからだ」、「最初はやはり、素手以外になかったはずだ」となってしまう。

しかしこの相方の見方は、自然発生的な世界の話で、武術とか武道として体系化される遥か以前のことであり、人類の発生からどの過程で武術や武道となったかという、もう一つの見極め方があると思われる。

 

参考資料
− 「沖縄空手古武道事典」(柏書房)
− 「沖縄伝統古武道」」(文武館)
参考サイト