2.-幻の報道記事発見!-

大正14年9月号 大日本雄弁講談社(編) 雑誌『キング』

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「肉弾相打つ 唐手拳闘大試合」
不思議な田舎おやじ

琉球の王家に伝わる本部御殿手の家系に生まれた天才空手家・朝基 対 白人巨人ボクサーの決闘記録が、大正12年に講談社から発行された雑誌『キング』にこと細やかに掲載されているのを発見しました。 東京の国会図書館にたった1冊残されたこの貴重な資料の全文を空手ファンの皆様に公開します。

大正11年秋11月、京都市に催された拳闘対柔道の大接戦は、日に日に様々な噂を生み出しつつ、いやが上にも満都の人気を煽りたてた。 「えらいもんやなぁ!武道殿の試合は毎年欠かさず見とるけど、こんな猛烈な試合、みたことないヮ。まるで火の出るようや!」 「左様どすやろ。なにせほんまに真剣やさかい」

などと、その日も場内に溢れた観衆は、とりどりの下馬評。その人気を得てか、試合は各組ともいよいよ熱気を帯びて、肉弾火花の大接戦。自然と観衆は演者の一挙手一投足にも、ハッ!ハッ!と肝を冷やしていた。

その試合の真っ最中、突然楽屋へ現れたのは、見るからに田舎おやじらしい一人の男、
「飛び入り試合をさせて下さい」
「何?飛び入り?」
と、監督はちょっと意外な面持ちで出てきたが、
「あなたですか、飛び入りを申し込んで来たのは?」
「そうです」
「して、その試合は誰がするんです?」
「私!」
「あなた?」
と、監督は意外な面持ちで、こうした試合をするにしては少々年が行き過ぎているこの男をヘンに思いながら、
「あなた、柔道家ですか?」
「いいえ」
「では拳闘でもおやりになったんですか?」
「いいえ」
「では何なんですか?」
「何でもありませんが、あんな試合なら私にも出来そうです。飛び入りでやらせて下さい」
「やらせろ!やらせろ!」
言ったのは監督の背後に先ほどから問答を聞いていた連中。気まぐれな爺さんが飛び出してきたな、と言わんばかりに、
「たまに飛び入りをやらせるのも一興だ。第一、人気が立つ。やらせたらいい」
「でも君、柔道でも拳闘でもないと言うんだ。まさか田舎相撲ではあるまいネ」
と、監督は妙な笑いを浮かべながら仲間に囁いた。
「まぁなんでもいいさ。飛び入りしたいと言うからには、きちがいでない限り多少武術の心得はあるんだろう。やらせたまえ、やらせたまえ」
「そうか、よかろう」
と、監督はこの男に、
「ではやらせることにします。が、規則はご承知なんでしょうな?試合の規則は?」
「試合の規則?しりません」
「蹴り手と拳の突き手、打ち手はいけません」
「平手は?」
「無論かまいません。ただ拳がいけないんです」
聞いてこの男は微笑を浮かべつつ、早くも、
「やりましょう」
とばかりにノソノソ出て行きそうになった。
「ア、 モシ!」
と監督はびっくりしたように、
「やるはいいが、何を着てやります?着物は?」
「このままで構いません」
「このまま?」
とさすがに並みいる連中も呆気にとられた。
「だってそのままじゃ具合が悪いネ。ではとにかく柔道着を着てもらおう」
と監督は、とんでもないものが飛び出してきたと言う面持ちで、用意の柔道着をだした。

いわれるままにこの男はやおら衣物を脱いで柔道着に着替えたが、裸になってみると驚いた。その全身の筋肉質の如く、ことに節くれだった両腕は50歳以上に見える容貌とは似ても似つかぬはつらつさ!さらに驚くべきはその腰の周囲、異常に隆起した筋肉は腰部と大腿部とをクッキリとわかち、素人目にも、腰の周囲およそ四尺三四寸とは一目に分かる!
楽屋一同、ちょっと薄気味悪くなってきた。
「誰とやらせよう?裸になってみたら大変な体をしている」
「アッ!大事なことを忘れていた!本人は拳闘とやりたいのかな?それとも柔道と試合をしたいのかな?全く突然なんで面喰っちゃった」 と監督は、またアタフタとおの男に、
「あなたは拳闘と試合をするんですか?それとも柔道とやるんですか?望みはどちらです?」
「相手はどちらでも構いません」
「それじゃ拳闘と試合をして下さい。オイ君、誰がいいだろう?」
「ジョージがいいだろう。あの男が本気になったら柔道なんか敵なしだから」
「よかろう」

と、監督はこの男の名を訊いて、早くも掲示板にこの組合わせを貼り出した。

 

『拳闘家ジョージ対飛び入り、本部朝基』

ピンアン四段の構え

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「オイ、飛び入りが出たぞ!」 「飛び入り?そいつはいよいよ面白い!なるほど。拳闘家ジョージ対飛び入り本部朝基。ジョージと言えばこの拳闘家中のつわものだが、相手は一体何者だろう?飛び入り本部朝基?飛び入りだけは分かっているが、柔道家なのかなんだろう?」
「おおかた日本人だから柔道家なんだろう」
言ってる間もなく、やがて合図と共に出てきた。
一方へ既に観衆に顔なじみのジョージ。長身肥大の名拳闘家だが、その相手たる飛び入り者はと見れば、身長五尺四寸あまり、肥満してはいるが、うち見たるところ、52、3歳の木刀漢、見るからに生生溌剌としたジョージと比べるとあまりにその容姿がクスブリ過ぎている。
「えろぅ年寄りやな」
「グローブをしないぞ。柔道家かな?」
「飛び入りするような柄でもなさそうじゃないか。どうしたんだろう?」
「じいさんしっかりやれ!」
観衆は予期に反した飛び入りに、がらりアテが外れたように、声援もどうやらひやかし半分、口ぐちに與太を飛ばしている内に第二の合図はなった。二人の試合者はサッと離れた。

ジョージは言うまでもなく突きの構え。両手のグローブを小刻みに動かしつつ、突き手のハヅミをくれているが、一方、本部と名乗る木刀漢は左手を遠方を眺めるがごとくかざし、右手は右頬近くにあげてジッと腰をおとした構え。
「ハテ、何ですやろ?踊りみたいにして?」
「分からん。剣舞みたいな手つきや」
「けったいなものが飛び出したものや!」
などと観衆はとりどりの評。楽屋の人々も思わぬ飛び入りに首を出して見ていたが、その中一人の柔道家は本部の構えを見ているうちに思わず、 「ア!唐手!」
と叫んだ。
「唐手?」
オウム返しに他の一人が訊いた。
「ウム、たしかに唐手だ!」
「唐手って?」
再び解せないように問い返したのも無理はない。今日といえども、唐手と言っただけではどういう武術であるか、まだ広く世に知られていないに相違ない。すなわち筆者は、一言唐手と言うものについて説明しておかなければなるまい。

そもそも唐手は琉球特有の武術。今より約200年の昔、慶長14年、琉球列島が島津氏のために平定されて以来、武器という武器を一切取り上げられたところから、止むにやまれぬ防御の手段として、武器を持たず、ただ徒手空拳をもって敵にあたるべく工夫された独特の武器、自然とその技については、一撃で敵を死に至らしめるという稀代の代物。
これを我が古来の柔術や最近の柔道と比べれば、投げ手こそ少ないがその手足を唯一の武器として、突き手に蹴り手に、一撃に敵を倒すの一点に至っては実に驚くべき魔力を有している。されば昔より琉球においても唐手の悪用を恐れ、まずその人の性質を見抜かない以上、実子といえどもなかなか教えず、またこれを習うにしても公開の場では一切やらず、ひそかに自分の家の一室に閉じこもって修業するという様子。 現在、沖縄県尚武会長にして唐手の大家である富名腰義珍氏なども、その幼少時代、師について習った時には極めて秘密に、しかも一切凶暴な手段には用いないという宣誓を祖先の前にしてから習い始めた程。この技が世の中に公にされ、沖縄県下の学校などに体育の一環として採用されたのは極めて最近のこと。 今、観衆が剣舞みたいだと言った姿勢は、これぞ唐手における小林流、ピンアン四段の構え。左手で敵の攻撃を受け払うが否や右手の拳弾を食らわすのも、ピタリ構えたその態勢に微塵の隙もなく、老人じみたその様相はみるみる緊張しきってきて、さながら別人のごとく輝く。

「油断はできんぞ!」
さきに「唐手!」と看破した柔道家の一人は思わずそう叫んだ。
そうれ、両者の鉄腕憂となるところ、そこに巻き起こる風雲やはたして。

平手打ち

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「飛び入りしっかりやれ!」
「ジョージ行けっ!」
しかしジョージも音にきこえた拳闘家。さすがに敵の構えに打ち込む隙もないのを見ると、これは!と驚いたが、なかなか攻撃しない。ただ両拳にハズミをつけて隙さえあれば飛びかからん!としているが、敵はピタリと構えたまんま、微動だにしない。 その態勢に圧せられたか、ジョージは刻々と息をハズませ、ハッ!ハッ!という息遣い。この隙に疲れてしまってはたちまち敵に乗ぜられる、かくて果つべきにあらず、この上はおびき出しにかからねばならないと決心したが、拳闘一流の誘い、両手をサッとかざしつつ、撃つがごとく小刻みに動かしながらヂリヂリと攻め寄せて行く。だが相手はその誘いに乗ってこず、依然として微動だにしない。いよいよ業を煮やしたジョージは、ええい、これまで!とばかりに思い切って一歩二歩進み寄ると見る間に、ヤッ!と身をすくめて遮二無二の突き、敵の顔めがけた巨弾の連発!アワヤと思う一瞬、パッパッと閃く本部の平手。
はじめての態勢を崩さず小手先軽く難なくポポーンと敵の巨弾をハネ返してしまった。

「何を!」
今はジョージも捨て身、突きに打ちに巨弾という巨弾に打ちかかって行ったが、相手は更に動ぜず、左手一閃、ポポーンとハネ返され、払いハジカれて歯が立たない。が、ジョージもさるもの、危ないッ!と見るやサッと身を翻してもとの位置に、さらに敵の虚をうかがっていたが、ハッ!ハッ!という、彼には似合わぬ炎のような息遣いはよほどに疲れたものと相見えた。これに引き換え相手の本部は依然たる態勢、動ぜざる山の如く、その息遣いも極めて静かだ。
「ジョージどうしたんだ!」
楽屋の人々も気が気でない、あっぱれ一団の御大なるジョージともあろうものが、この一老漢に手が出ないとはどうしたことだ、と唐手の何物たるかを知らない連中は、「遠慮は無用!行け、ジョージ!」と躍起となる観衆はただ呆気にとられるばかり、ここにジョージは一気に勝敗を決しようと決心したように、やおら右手を大きく開いたと見る間に、ツツツと2、3歩大股に詰寄りざま、面部の打ち手、渾身の力!宙にウナッてぶっとんだ。

「アッ!」
本部の面上微塵と思いきや、斜としてなる鉄腕の響き!本部は左の平手に降り飛び来る敵の右手を一段と強くパッとハネ返す。途端に伸びる腰の構え、それと間髪いれず右の平手、電光の如く突きだせば敵の面上憂として声あり、アッ!という間にジョージは口鼻の間を平手にズズーンと突きあげられた。平手とはいえ口鼻間の急所!ジョージの体が次の瞬間さながらボクトウの如くドタリと打ち倒れてしまった。

観衆は思わずワッ・・・と歓声を上げたが、ジョージは倒れたままもう動かない。
「ソレ、介抱!」
楽屋の人々はその声に走り出て、悶絶したジョージを掻き入れた。
「恐ろしい爺さんやなァ!」
観衆はあまりのことに呆気にとられ、二の句がつけなかった。

柱もへこむ

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「失礼ながら、あなたのは唐手ですネ?」
さきに唐手と気付いた柔道家の一人はその試合の終了後、そう言って本部氏に訊いた。
「ご存知ですか」
「唐手の噂はかねがね聞いていましたが」
と、彼は本部氏の拳を見せてくれといったが、その拳を見るに及んで更に驚いた。このげんこつ、ギュッと振れば文字通りサザエ!その皮膚は石、全く石同然、打てばカーンとなるに相違ない。
「なるほど。これでは平手でも堪らぬ!」
と、楽屋一同がこの飛び入り者のげんこつに驚いたのも当たり前、琉球の空手を習うものは、巻藁や木版、鉄板に毎日右手を打ちつけ拳を固め、突き手の力を練りだしているから、厚さ一寸二三分の板などは、そのげんこつに一撃すれば、さながら電力でも用いてたち割ったようにバラリと割れてしまう。
ましてこの本部朝基氏は、琉球の名門本部家に生まれ、唐手の戦闘術、すなわち実践の強勇に至っては、郷里に誰も知らない人はいない大剛者。そのげんこつの凸点をコツンと軽く柱に打ちつければ、柱の方がペコンとへこむと言うのだから、もし人がそのげんこつに力いっぱい一撃されたら、骨はたちまちに微塵に砕けてしまうのだ。ジョージがその平手の一撃に倒れたのも無理はない。

「琉球の唐手!フム、あの小さな島にそんな隠れた武術があったのか!ちっとも知らなかった!なるほど、あのげんこつ一つありさえすれば、何の武器もいるまい。イヤ、あのげんこつこそ変通自在、実に恐るべき武器だ。それにしても人間もそうすると、えらいことを工夫するものだ!」 と楽屋の人々は口ぐちにそう言って感嘆した。
野牛を打ち殺す

唐手は体全体を武器にする必要から、拳は巻藁、据藁、鉄板などに打ちつけて堅め、足は鉄や石の下駄を履いて、蹴る力を出す。 現在唐手術の大家である富名腰義珍氏の先輩、鉢峰と言う人は、琉球の八重山で野牛が暴れるのを、『こいつ!』とばかりに例の鉄拳を脳天に食らわせると、さすがの獰猛な野牛もクルクルッとひっくり返って死んでしまったという。
実に拳の強さは一つの脅威とも言うべく、一時この拳は法律上、凶器と同様に見なされたほどである。