1.-本部朝基Part.1-

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沖縄空手道の歴史上の人物は多士済々、枚挙にいとまがない程ながら、最も一般的に広く知られ、エピソードも多く、人々を惹きつけているのは、「本部サール(猿)」と呼ばれていた本部朝基であろう。 その強さもさることながら、古武士然とした風貌、そしてその生涯を沖縄空手道にささげ、破天荒とも言える一生を送った生き様自体が、異彩を放ち、その魅力は尽きることがない。

本部朝基は、門外不出の「御殿手~ウドゥンティ~」と呼ばれている首里王家の空手の達人であった。 「首里手」の本流と位置付けられている「御殿手」の使い手で、まさに『拳豪』といわれ沖縄空手史上、最強の天才的な空手家・武術家であった。

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本部朝基は1870年、尚質王六男の尚弘信本部王子を始祖とする、本部家9代本部朝真の三男として、首里赤平に生まれた。 当時の沖縄の空手は門外不出の一子相伝による秘術の武芸で、本部家三男として生まれた朝基は「御殿手」の正式な継承者ではなかった。

本土で活躍する空手の大家との一枚・朝基中央御殿手」は、沖縄の空手の中でも、その技は当然のことながら、その存在さえ、知る者はいなかったという。その秘中の秘、「御殿手」を三男の彼が学び取り、歴史に名高い沖縄空手の、しかも「御殿手」の天才的体現者となったのか。。。?

 

 

参考資料
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参考サイト
 − ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/本部朝基