空手の歴史10 -沖縄空手の「型」-

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修行を重ねた先人達はその一撃必殺の破壊力を身をもって知っているが故に「空手に先手なし」の様に闘争を強く戒めている。
しかしその掟破りの先陣を切って辻町で「掛け試し」を続けて非難を浴びた本部朝基は「体を鍛えるだけでなく実践を前提に考案されたのが「型」である、しかし「型」のみを修行していては体は作れても暴力を前にした時に対応はできない」と主張し辻町その他の実践のなかから「組手」〔彼は変手(ヒンティ)と言った〕を考案し「型」を一歩進めた実践〔暴力〕に対応した「組手」の普及に力を注いだ。

現在では「型に始まり方に終わる」だけでなく「型」に「約束組手」「自由組手」を合わせて一つにした修行の形が沖縄空手では一般的である。

沖縄空手の「型」は、各流派独自に体系化され、他からの攻撃や暴力に対しての攻防一体となった無駄のない技が完璧なまでに構築されている。昔の拳聖と称された先人たちや、達人の域に達した現在の沖縄空手の指導者たちは己の体を生きた武器となすべく激しく鍛えながら、沖縄空手の同じ「型」を何千、何万、何十万回と日々繰り返し鍛錬を重ねてきた。体力、忍耐力、精神力を兼ね備えた人格者であり武道家となっている。
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